朝鮮半島
Korea
     
  日露戦争のきっかけに伐採権が
朝鮮半島の森林荒廃の理由
嫁入りにナツメの実
ヤナギ細工の悲しい話
朝鮮半島(ここでは韓国)の松枯れ
貴族の帽子はシラカバ
シーソー遊び、いえ神事です。
重たい松茸
木を植えた大統領 朴大統領
浅川巧という人 
  お茶も発酵
出会いは柳の葉
KIMUCHIもともとは山椒の辛み
近代化の陰で泣いた火田民
マツの食べ方
土地を奪ったのはチャッパリのせいだぁ
ソメイヨシノは韓国原産 
英雄憎けりゃ木まで憎い
古民具はマツの木
洗濯棒で反撃?
   
 
日露戦争のきっかけに伐採権が・・・
日露戦争のきっかけは、いろいろ言われていますが、その理由の一つに、森林伐採に絡んだ利権があったんです。
一般的にいわれているのは、不凍港を求めての南進。旅順に要塞を作り、アジアを支配する足がかりにしようとしたんです。

朝鮮北部の森林の伐採権を、ロシア人に渡したことが森林開発の利権を持つ日本とぶつかり、ロシアの南進を裏付ける行為と判断した日本とぶつかったんです。ロシアの戦略が分かっていなかったから?
素直に考えれば、シベリアのタイガ。針葉樹林帯で木がいっぱい。わざわざ朝鮮半島の木を伐りに来る必要は無いはずです。何しに来たのかを考えれば、そんな国に伐採権を与える李王朝は世界史的にも貴重なバカ国家?では。ロシアが伐った木を鉄道で運ぶとなれば、逆に軍事物資を輸送できるんです。鉄道は釜山まで引っ張る予定があったとか。日本の批判をする前に、もうちょっと自国の歴史をきちんと見ないとダメですよね。日本人として今があるのは、日露戦争で日本が勝ったから。そのお陰は、トルコやイギリス、フランス、アメリカなどたくさんの国の支援があったからこそなんです。でも、その戦争を起こすようにし向けたのは、ロシアと後押しした李朝鮮。振り返って、日本でももうちょっと日本の近代史を勉強してから発言しなければならない人やマスコミも考え物ですね。土下座外交するなら属国中に世界を見る目や常識を根付かせられなかったことを土下座する必要があるとおもいます。

ロシアの南進を防ぐ防波堤として、朝鮮半島の意義を見ていたのに、次々と、日本の平和を脅かす行為を繰り返した結果が朝鮮併合に結びついたんだと思うのですが、まさに、占拠してくれという政策。ひどい政治体制です。(日本から見て)

ロシアに接近しない政策を朝鮮が採っていれば、歴史はどうなったんですかね。それだけ、ロシアの鼻薬が魅力的だったんでしょう。ピロシキが食生活になっていれば幸せだったでしょうね。(まぁ私利私欲にまみれた為政者に付ける薬は無し)独立したままでは無理だったんでしょうけど。

まあ、木材の伐採権を譲っただけで戦争は、起きませんが日本側に不信感を持たせるだけの行為です。戦争という経済戦争では、資源の奪い合いは付き物ですから。

木があったことが不幸だったのでしょうか?でも、バカな王朝のお陰で日露戦争が起き、何とか勝てたお陰で、植民地に独立の希望を与えたのだから、それはそれで結果的には良かったんでしょう。きっと。黒人や黄色人種に独立を促したんですから。そして、朝鮮半島に鉄道やダム、工場、港といった基盤を作ったんですから。でも、1945年8月以降の朝鮮人の振る舞いを見ると謝罪は必要ないし、(引き揚げ者に何をしたのか)こんなにたかられることは無かったかと思えば、伐採権を渡しておいた方が良かったのかも。
木があったばっかりに.....

もし伐採権をロシアに渡していたら、日本の東北地方の飢饉に対しても十分な対策が立てれて(財政的支援が可)、226事件は起こらず、東北地方の貧困が解消されていたかもしれません。満州に進出することもなく、中国という市場をアメリカと奪い合うこともなかったでしょう。アメリカと、ロシア(ソビエト)の戦いだったかもしれません。そしてパチンコ屋も無く、たかられることもなく、共同開催のワールドカップをする際にあったスタジアム建設費をたかられることもなく平和だったんだと思うんですけどね。

ある神様がすばらしい国を作ったんです。日本という国を。すると他の神様がこういったんです。あまりにも恵まれていると。だから、隣に朝鮮を作ったおこうと。余計なコトしなければ良かったのにと思う今日この頃。

 



 
朝鮮半島の森林荒廃の理由は
日本が半島を属国中に行った色々なことの一つとして植林があります。何故、占領した日本が植林を行う必要があったか、それは、17世紀に財政破綻した李王朝が、森を農民に開放したからです。

もちろんタダでというわけではなく、土地の使用料だけを取るというスタイル。収穫したモノは農民の自由、しかし、土地の使用料を徴収する。森を焼け焼けと奨励した結果なんです。金さえ取れれば、山が荒れようが、災害が発生しようが、農民が死のうが、関係なかったみたいです。金さえ入れば後は知らんぷり。国土の保全は頭になかったんです。しかも、国庫にお金が入る前に地方の両班の懐に消えたとか。
(飢饉の際に必要な事項を書いた書物はあったんですが、あまり活用されなかったとか。日本では、中国や朝鮮の飢饉に関する書物を参考にして、江戸時代、各地にあった本を作り、農民レベルまで普及されたのとは大違い。農民に対する考え方がこうも違うモンなんでしょうかね)

結局日露戦争で手に入れた朝鮮半島は使い物にならなかったんです。ちょっとした雨で洪水が大発生。ということで治山事業=植林だったわけです。だから、多大な投資をすることになったんです。ちなみに、焼き畑のことを火田と呼ぶそうです。稲作も天水に頼っていたとか

そして、韓国の本には、森林の荒廃は日帝のせい。日本の幕末に当たる時期のヨーロッパ人の書いた日記には朝鮮半島の森林の荒廃が書かれているのに関わらず。

国の基盤を作るためにたくさんの金をつぎ込んだ属国(植民地?)政策。そのお金を東北地方に投資していれば、どれだけ良かったか226事件も起きなかっただろうに。ヨーロッパがアフリカやアジアで行った愚民政策をとれば良かったのにと思うのは私だけではないでしょう。韓国も北朝鮮も自国の歴史をちゃんと見れるようになることをセツに願っています。まぁ、自国の悪いことは隠したいですからね。1945年8月以降に引き揚げ者に何をしたのか。ちゃんと謝罪すべきと叫ぶ人は知っているんでしょうか。そして、暴力団が闇市で誕生したわけを


嫁入りにナツメの実
農家に必ずあるというナツメ。端午の節句には、ショウブを屋根に放り上げ、ナツメの木の枝の二股に分かれたところに石を挟む(男根の象徴?)。そうすると、子だくさんになるとか。
冠婚葬祭の時の食事にも、クリ、カキ、ナツメが用意され、結婚式では、旦那の親に干しナツメを献上するとか。旦那の父親は、そのナツメの実を新婦の股間めがけて投げつけるんだそうです。韓国は、男性優位の社会だから、ナツメの実は精子の象徴なんでしょうか。もともとは、中国発祥の文化なんでしょうが、朝鮮半島でアレンジされて日本にもある風習です。詳しくは愛媛県のコーナーに

ヤナギ細工の悲しい話
朝鮮半島のヤナギ細工。これを作っていた人たちは、日本でいう「えた・非人・よつ」と呼ばれていた身分階級でいう下位の人々。「白丁」と呼ばれ、家畜の屠殺など人の嫌がることをさせられていたんです。ひどい歴史です。
その人々の仕事の中に、ヤナギ細工があったのです。
柳器匠(りゅうきしょう)と呼ばれ、一般の農民ですら名前を聞いただけで逃げ出したとか。

お隣中国では、ヤナギは大切にされている木の一つなんですけど、どんな背景があったんでしょうかね

日本に柳細工を伝えたのは、天日槍命(あまのひばこのみこと)という新羅から帰化した王子。帰化したのか政変から逃げたのか??下級階層にされたのは、昔はいい家柄だったから????ですが

朝鮮半島(ここでは韓国)の松枯れ
韓国の話ですが、森林の半分が針葉樹。アカマツ、クロマツが多く、これらマツに被害が。主に、松枯葉(松毛虫)の食葉被害と主力はマツバノタマバエ。1929年にモッポとソウルで発見されたのが、はじめ、1950年頃から拡散し、1970年代に爆発。マツバノタマバエは、蚊のような小さい蝿。針葉の基部に入った幼虫は、そこで樹液を吸って成長。葉の基部に虫こぶが出来るのです。虫こぶのせいで、葉の伸長が阻害され、葉が枯れます。光合成が出来ずに、栄養失調というか、お腹すいた状態。松の生長が阻害され、数年かけて弱っていきます。

貴族の帽子はシラカバ
古代朝鮮(3国史:新羅、百済、高句麗の頃)
貴族の帽子の素材はシラカバの皮から

そこに金や銀の装飾品を載せていたそうです。

ちなみに、このシラカバ
東アジアの北方付近では、シラカバの樹皮で器を作ってたんです。

シーソー遊び、いえ神事です。
ノルティギ(板跳戯)という正月行事。しかも遊ぶのは若い女性のみ。節句ごとにも行っていたとか。

ワラの束(中に土が入っている)をおいて、その上に板を置きます。まあ、シーソーです。その板の両端に若い女性が立って、交互に板を踏みながら、相手の踏む反動を利用して、空中に跳ね上ったり、下ったりするんです。勝敗は、板から落ちた方が負け、飛ばした方が勝ち。嫁入り前の女性がすると、嫁ぎ先でいい子が産めると信じているとか。

家の外を覗いてみたいという一心で結婚前の女性が壁の外を見るために始めたのが起源とか?


重たい松茸
松茸大好き日本人。しかし、その松茸も日本国内では不足気味。カナダにメキシコ、中国、ブータンと世界中から仕入れています。

そんな輸入先の一つが北朝鮮。北朝鮮産のはなぜか磁石がくっつくんです。

不思議なことに釘入りなんです。
どんな成長しているのやら??

礼節を重んじる人々というのは、実は礼節がないから??バレバレなアホなことをするんですかね。ちなみに、シシャモにも釘が入っているんです。磁石を近づけてから買いましょう。

木を植えた大統領、朴大統領
朝鮮戦争で焦土となった南朝鮮(韓国)。日本人によって、せっかく禿げ山を緑にしたのに元の振り出しに新しい農村運動、農村振興を目的としたセマウル運動の中で、植林があります。

朴大統領の評価は分かれるでしょうが、近代化を進め今の韓国があるのはこの人のお陰。朝鮮人による初の植林推進者(たぶん)に。

まぁ、このネタは、宇垣一成総督の頃からの続き、戦争で中断しただけと悪くもいえますが...鎌田澤一郎という片腕を採用し実践したんです。

偉いのは、敵国の人材の意見を採り入れようとした、また、アドバイスを求めようとした姿かもしれません。だから評価が低いのかも(親日で)

まあ、金大中(太陽政策を見ると本当に北のスパイではと思うのだが)を消そうとしたり、クーデターで政権を乗っ取ったり、学生を殺したりベトナム戦争(本心とは別?)で軍隊を派遣して罪無き人を虐殺したり、18年も政権にいたりといろいろ、非難されていますが、国土の保全では、評価されてもいいのではと思い載せてみました。









浅川巧という人
この人なしで韓国民芸を語るわけにはいけません。1891年(明治18年)に山梨で生まれ、1914年7月に、朝鮮総督府農工商部山林課に就職し、朝鮮半島を歩き回って植林事業に従事したんです。
それだけ山が荒れていたんです。

その傍ら、あちこちの風習が目に写りました。植林事業は、地域住民の協力なしでは出来ません。浅川さん自身、朝鮮語を学び相手を理解しようといろいろ努力されたそうです。民藝といってもいいのでしょう。日常の中から美を見つける。韓国の日常品、誰も振り向かなかった陶器や、民具をいろいろ集めて、地域ごとに整理したのです。柳宗悦に感化された?のです。1915年に会っていますから共感したのが本当のところでしょうか。

植林という林業ではなく、民藝で有名ですが、あえて、林業の話でも紹介しました。だって、技術指導であちこち歩いたのは、林業という仕事のお陰だったからですので。ちなみに、1945年8月15日以降、なぜか戦勝国になった民族は、アイデンティーを求め、日本人を襲いました。次々と日本人を襲った中で、浅川さんの遺族のいる家だけは襲わなかったとか。

ついでに、お兄さん(伯教)も朝鮮で学校の先生をし、陶芸品を集めていました。朝鮮陶磁器の神様と呼ばれています。