茨城県  
  県木:ウメ
Prunus mume
県花:バラ
Rosa rugosa
 
杜(森)の話        
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  山からころころ       
  山に住むアワビ      
  ヤナギin茨城      
  お線香は筑波山のおかげ      
  日本のボルドー 牛久      
  あっち向いてホイ      
  日本発は靜岡茶じゃ茶いまっせ!      
  植樹祭発祥地      
         
山からころころ
茨城県は、北部、通称県北地方では、浜降り神事と呼ばれる行事があります。
浜降りとは、海岸で御輿に海水を掛けたり、潮垢離(しおごり)という禊ぎをする行事のことです。海が遠ければ、近くの川で行ったりするんですけど、海水の方が有り難いんだそうです。

北茨城市にある花園神社(標高500メートルの位置、坂上田村麻呂の霊夢で創建)は4月8日に磯原の亀升磯に御輿を持っていって、(渡御という)、海水を汲んで神に供える潮垢離が行われます。これは7年に1度のこと

 
山に住むアワビ
北茨城市の花園神社。
ここのご神体はアワビ。山なのにアワビ。
ということで、アワビは女性の象徴=山自体は女人禁制の霊山なんです。(過去形)
なぜアワビかというと、七段になって落ちる七つ滝の4段目の滝壺は、潮垢離を行う磯原の亀升磯とつながっているといわれ、4段目の滝壺には海藻(普通に藻でしょう)もはえ、アワビが住んでいるんだそうです。
で、そのアワビは、自分の仲間を取って生計を立てる海女(女性)が大っきらい。だから、女性が4段目の滝壺に近づくと、引き込もうとするんです。
だから、引き込まれたら溺死。ということで女性は入ってはダメ、危ないということで女性禁制ということになっただそうです。

ちなみに、この集落に住む人たちは、ご神体のアワビは食べてはいけないんだそうです。

ヤナギin茨城
ヤナギにまつわる迷信(?)
◎胆石には枝を一握りほど煎じて飲むといい
 小便と一緒に石が出て痛みが治る。

お線香は筑波山のおかげ
石岡市小幡(旧八郷町小幡)は、線香の産地で有名。お線香の原料は県内産の杉の葉を製粉化するところから始まるんです。
製粉化といえば、臼杵で挽くこと。人手では大変ということで、このときに使うのは水車なんです。
その水車を回す水は筑波山からの恵みの水。

そして、練って練って、押し出し機で棒状に押し出します。そしてそれを乾燥させるとできあがり。

なお、蚊取り線香を「蚊遣り」と呼ぶのは、「蚊を追い遣る」という意味で、元々は蚊を殺すことが目的ではなかったそうです。殺生を嫌う風習からやり過ごすことを目的にしていたそうです。

ネット販売は、ニックン紫山堂



日本のボルドー 牛久
食事をした後ゴロゴロすると牛になるといういわれは、牛久沼からの話。智雲という小坊主が、和尚の忠告を聞かず、喰っちゃ寝を続けていたら、牛になり我が身を恥じて飛び込んで出来たのが牛久沼(牛を喰った沼という意味)
そして、鰻丼の発祥地でもあるんです。

そんな牛久の発展の陰に神谷傳兵衛(愛知県松木島の出身)小さい時に死にかかった際、頂いた見舞いのワインで元気になったので、ワインを日本に広めよう と、商売開始。最初は輸入ワインをそのまま売るのではなく、蜂蜜を加えて、日本人好みの味にしたんだそうです。通称「蜂ブドー酒」(蜂印香鼠葡萄酒)

でも輸入物だけでは飽きたらず自前でワインを作ることに。養子の神谷傳蔵をボルドーに派遣してワイン栽培からワイン造りまで学ばせたんです。

そしてボルドーに近い気候と言うことで、牛久を選んだんです。160ヘクタールの土地を購入して苗木をフランスから取り寄せ、ワイン造りを開始。

日本初の醸造所である「シャトーカミヤ」が誕生するんです。

ちなみに、この神谷傳兵衛は、8歳の時に酒樽造りに弟子入りしたそうで、電気ブランや浅草の神谷バーを作ったりした人です。


合同酒精株式会社(オエノングループ)
http://www.oenon.jp/
神谷バー
http://www.kamiya-bar.com/

あっち向いてホイ
宮川の峰(太子町)にあるアカマツの枝は、何故か秋田方向に向いているそうです。
1603年の関ヶ原の合戦。どっちつかずの佐竹氏は、合戦後に国替えの羽目にあいます。江戸を拠点に常陸にある佐竹藩は、ある意味脅威。しかも領民に慕われているということで、近くには置きたくない。ということで秋田に移ったんです。
領民に慕われた佐竹義宣が国替え。領民だけでなく、領土のモノも悲しんだんです。
でアカマツも秋田に向いてしまったんです。このほかにも、日立沖にいたハタハタも秋田の沖に移ったり、金銀銅といった地下資源も地下鉱脈を通って秋田に移ったんだそうです。

日本発は靜岡茶じゃ茶いまっせ!
お茶と言えば、静岡県、いえいえ、京都の宇治でしょと、色々なところが名乗りを上げそうですが、正真正銘の日本発のお茶は、猿島茶です。呼び方は、”さしま茶”

茨城県の西部の境町、坂東市、古河市、常総市、八千代町で生産されるお茶をこのように呼ぶのですが、歴史は古く、江戸時代初期頃から栽培が始められた模様で、猿島地区を治めていた関宿藩は、正保元年(1644年)より寛文13年までの30年間に領内の村々に対し茶苗の植付けを奨励しました。その結果、江戸という一大市場に供給しながら規模を高めていきました。

ブランド茶になればなるほど、偽物が登場して大変だったそうです。

ペルー来航によって、貿易の扉の開いた日本は、米国向けにお茶を輸出するのですが、その第一号が、猿島茶だったのです。安政5年6月の日米通商条約後の10月10日に米国へ輸出となりました。


植樹祭発祥地
植樹祭は、国土をみんなで緑化しましょうという大事な大事な林業の一大イベントです。天皇陛下自ら植えられるという世界でも希有な祭りです。
愛林祭とはバードジー・グラント・ノースロップ(Birdsey Grant Northrop)が、明治28年に来日して、アーバーデイ(Arbor Day:愛林日)の精神を文部次官の牧野伸顕に説明したことが始まりです。
明治28年(1895年)の11月3日を明治政府は「学校植栽日」としたんです。明治天皇の誕生日なんです。そして牧野伸顕は、全国の学校に学校林設置の訓令を出しました。
明治31年(1898年)、本多静六の提唱によって神武天皇祭の4月3日に変更。
昭和8年(1933年)には、4月2日から4日 の3日間になるという経緯があります。

全国規模で植樹祭が始まったのが、昭和9年(1934年)に、筑波山(真壁地区羽鳥)で行われたの最初です。1.2ヘクタールの国有林にスギとヒノキを植えました。