水害防備林の歴史
水害防備林自体は、自然発生的に出来た物と考えています。ただし、戦国時代に入り、住民とうまくつきあっていく、住民が敵にならないように、治水事業を大事にする戦国大名が生まれてきたと考えています。

水害防備林が、戦国時代にあちこちで作られたのは、そのような背景があったと思います。食糧確保の目的もありますが。

明治時代に入り、ヨーロッパの技術が導入され、日本と異なる環境の技術が導入され、整備の進んだ河川では水害防備林は姿を消すことになります。堤防の天端や法面に大きな木を植えることは良くないとなったからです。一方、整備の遅れている河川では、結果論ですが、残ることになったのです。
年  西暦  事項   タイプ  
水除林 堤塘林 護岸林
           
寛文6年 1666年 「山川掟」を制定。     
寛文7年 1667年 検使を派遣し、     
貞享元年 1684年 再度、「山川掟」を発布    
貞享4年 1687年      
宝永4年 1707年
正徳3年 1713年
寛保2年 1742年
延享2年 1745年
安永3年 1774年
安永4年 1775年
天明5年 1785年
寛政元年 1789年
明治29年 1896年 河川法の制定
参考:河川環境管理財団 流木災害軽減対策と河川樹木管理に関する総合的研究 

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